新・リウマチ歳時記 Vol.59(2024.6.1)

2024年06月01日 新・リウマチ歳時記

性善説と性悪説

今年は5月なのに最高気温が30℃を超えて、夏の到来を思わせるような日が続きました。6月になり、これから梅雨を越さないと本格的な夏にはなりませんが、今年の関東地方の梅雨入りは例年より遅め6月中旬との気象庁の予報です。梅雨入りまでのしばらくの間ですが、初夏のような季節を楽しみたいと思います。一方で、気候が不順になるたびに、地球温暖化の影響が心配になります。どうか大きな災害が生じないことを望むばかりです。

性善説、性悪説と言う言葉があります。人間は生まれながらにして善であり、元来は悪いことをしないものだという、やや楽観的な性善説と、人間は元来悪いことをするから、しつけや教育が必要という、やや悲観的な性悪説。古代中国からずっと議論され続けている話題です。現代社会にはルールやモラルのような規範がありますので、規範を守って誠実に生きる人は善、規範を守らず迷惑をかける人は悪、とも考えられます。昨今の報道で伝えられている政治資金規正法改正は、この善と悪の線引きをしているような気がします。この根底には、政治家は悪い行いをするからという考えが基本になっているようで、要するに性悪説に基づく議論なんだと思えば、納得できる気がしますし、呆れもします。

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い出しました。悪事を働き地獄に落とされた大泥棒の犍陀多(かんだた)が、以前に一匹の蜘蛛を助けるという善行を施したことをお釈迦さまはご存知で、蜘蛛の糸を垂らして救い出そうとされますが、結局は自分だけ助かりたいと思ったことで、地獄に戻されたという話です。人の本性は性悪説なのかと思ってしまいます。

性善説と性悪説、私は、人は皆、善人であってほしいと思いますし、この社会は性善説で説明できる社会であってほしいと思います。しかし、振り込め詐欺や闇バイトがらみの事件をみるたびに、やっぱり性悪説なのかと思います。ネットのサイトでパスワードを定期的に更新することを勧められるたびに、やはり悪い奴らから身を守るためには、それ相応の対応をしなければ仕方がない、とても残念なことだけど、やはりこの世は性悪説に覆われている、と思ってしまいます。

それでは病気はどうでしょうか。健康を善、病気を悪ととらえれば、人間は、本来は健康ですから、明らかに性善説の考えが当てはまります。ただし、一生の間、無病で過ごせる人はほぼ皆無ですので、たまたま病気を得てしまうのは仕方がない。もちろん生活習慣が原因ではない病気もたくさんありますが、生活習慣が原因で生じる病気もあります。食べ過ぎや運動不足で肥満になったり、お酒の飲みすぎで肝臓を悪くしたり、喫煙で肺癌になったり、自己の不摂生な行動が原因で病気を招いてしまうと、善であるべき自分の健康を、自ら悪に導いていることになります。自分の健康を守るために、適切な生活習慣を維持し、また改善していただけますようにお願いいたします。

先述の「蜘蛛の糸」の最後の部分に、「お釈迦さまが悲しそうなお顔をなさりながら」という表現があります。犍陀多(かんだた)の、小さな善の心を信じていたけれど、裏切られてしまったとの思いでしょうか。生まれつき善であるべき健康を、自己の不摂生で損なうと、同じようにお釈迦様を悲しませることになる。私も含め、自己の健康管理の大切さを自覚して、毎日を送りたいと思います。

2024年6月1日
医療法人財団順和会 山王メディカルセンター院長 リウマチ・膠原病内科部長
山中 寿

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