新・リウマチ歳時記 Vol.60(2024.7.1)

2024年07月01日 新・リウマチ歳時記

性善説と性悪説、再び

梅雨の真っただ中です。今年は梅雨入りが記録的に遅く、一時はこのまま夏になるのかと心配しましたが、遅ればせながら梅雨入りが宣言されて安堵しました。雨の日は、湿度は高いし外出はおっくうだし、嬉しくはありませんが、それでも雨が降らなければ、水不足になって我々の生活は崩壊します。今年は、首都圏の水がめ(利根川、荒川、多摩川水系のダム)の貯水量は例年以上ですので、今年の夏は水不足にはならないとは思いますが、それでも梅雨の到来には感謝せねばなりません。

先月のリウマチ歳時記で、性善説と性悪説の話を書きましたが、この件について、もう少し続けてみます。人間は生まれながらにして善であり、元来は悪いことをしないものだから、人々の良識に基づいてシステムを考えればよいという性善説と、人間は元来悪いことをするから、規則や罰則を明記したシステムを作らないといけないという性悪説。いろんな社会の仕組みの中には、性善説に基づくシステムもあれば、性悪説に基づくシステムもあり、それなりに機能しているように思ってきました。しかし、このふたつのシステムが混在すると、混乱を起こすのだということを目の当たりにしたのが、この度の東京都知事選挙です。選挙に立候補するのは、良識をわきまえている偉い人であるはずだと考え、性善説でルールが作られていたはずなのですが、大多数の善良な市民が眉をひそめるような振る舞いをする候補者が出てしまった。社会常識や個人の良識なんかは関係ない、禁止されていないことなら何をやってもいいという意見は、人間は本来悪であるという性悪説に基づくものです。今後、選挙制度は、今まで通りに良識に基づく性善説でいくのか、性悪説に基づいて再構築し、あれはしてはいけない、これはしてはいけないと、事細かに規則や罰則を決めることになるのか、議論が必要になると思います。

「この世の中は自由が尊重されるべきだ」と言う意見も、「多様性の世の中だ」という風潮もわかります。しかし多様な考えをする人がいればいるほど、社会としての常識は意味をなさなくなるし、公序良俗の基準も変わります。皆が納得するために、規則を作らざるを得なくなり、結果的に人々の自由な行動が制約されてしまう。人類の歴史は、このサイクルの繰り返しで紡がれているように思います。今回の都知事選挙のポスターは、ひとつの象徴的な出来事であったように思います。

私にとって身近な問題に目を向けてみます。薬剤の使い方に関していえば、これは性悪説に基づいてルールが決められています。薬剤は、正しく使えば有用ですが、使い方を誤ると毒にもなります。医学部で学び、医師国家試験を合格した医師が処方するのですが、それでもいろんな医師がいるし、薬剤も日進月歩ですので、「医師が処方を間違うはずがない」という性善説は最初から否定されています。したがって、各々の薬剤において対象となる疾患や処方する薬剤量などが細かく決められていて、医師はその規則の中で薬を処方するし、それを逸脱するとペナルティがあります。さらに医師の処方を薬剤師がチェックして患者さんにお渡しするというダブルチェックがあります。私は、世の中は性善説で構築されてほしいと思っているものの、残念なことに医療行為は性悪説で構築された世界といえるかもしれません。

政治資金規正法を巡る議論や都知事選のポスター掲示から、この世の中には性善説に基づく良識と性悪説に基づく規則が混在していることに気づいて、いろいろと思いを馳せてみました。そして、私にとって身近な医療行為や薬剤処方にまで考えが及んだ次第です。

梅雨が明けると暑い夏がやってきます。皆さん健康管理に気をつけて、くれぐれもご自愛ください。

2024年7月1日
医療法人財団順和会 山王メディカルセンター院長 リウマチ・膠原病内科部長
山中 寿

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