新・リウマチ歳時記 Vol.38(2022.9.1)

2022年09月01日 新・リウマチ歳時記

「全数把握」を巡る混乱

数日前から朝夕などだいぶ気温が下がってきたようで、長かった夏もようやく終わろうとしています。コロナ感染者数は高止まりしてはいるものの、ようやく先が見えてきたかな、という段階になってきました。ここしばらく、新型コロナの「全数把握」を巡り、少なからぬ混乱があるようです。現場にいる医師の一人として、何が問題で、どうするべきかを説明します。

コロナ疑いの患者さんが病院の発熱外来を受診して、PCRや抗原検査を受け、陽性と判定された場合、医療機関は地区の保健所に届け出なければなりません。届け出は「HER-SYS(ハーシス)というネットのサイトに医療機関がログインして記入します。保健所はそのデータをまとめて、コロナ感染者の追跡に使う一方で、自治体に報告し、それが「新規感染者数」として、テレビや新聞に発表されます。どの年代で発症が多いか、重症者はどれくらいいるのか、ワクチンの効果はどうか、などの現状把握と今後の予測のために、この「全数把握」のシステムは、有用な情報源になりました。現在は情報社会で、全ての人々は情報に基づいて毎日を暮らしています。その情報はデータから生まれます。市場調査のデータがなければ、マーケット戦略は立てられません。医療も同じで、データがなければ、コロナに対する対策も立てられないのです。したがって、「全数把握」のようなデータベース構築は極めて大切です。
しかし、ここに来て、この「全数把握」に問題が生じてきています。
第一に、最近では「全数」が把握できなくなったことです。2年前にPCR検査が一般化して以来、医療機関でPCRを受けないと、コロナと診断できませんでした。そして重症例も多かったので、第6波のころまでは、皆さん医療機関を受診しましたから、「全数把握」は、実際の感染者のほぼ「全例」を「把握」できていたのです。しかし、最近では抗原キットにより自分でコロナと診断できますし、軽症であれば医療機関を受診しない患者さんも多くなりました。医療機関から届け出がなければシステムには入らないのですから、これらはカウントされません。すなわち「全数把握」と言いながら、「全数」を「把握」できなくなったのです。
第二の問題は、入力項目の中に無駄が多いことです。医療機関から登録する項目はとても多くて煩雑です。患者さんの氏名、フリガナ、生年月日から始まり、全部で30以上の項目の入力が必要になります。ワクチン接種年月日に至るまで、事細かに患者さんに聞きとらねばなりません。医療機関の負担は大きく、特に個人のクリニックは大変だろうと思います。確かにコロナの初めの頃は、何もわからなかったので、手広く調査する必要があったでしょう。しかし、コロナとの2年半の闘いの中で、いろいろなことが明らかになり、今の段階では、本当に必要な情報だけ入力するシステムに変えてもいい時期です。医療施設の疲弊を伝えるテレビの報道が過激すぎてそれが政府を刺激したという印象はありますが、いずれにせよ無駄は省かねばなりません。

ではどうすればいいのか。全数把握できないにしても、不完全なデータであっても、統計学の手法を正しく使えば、最善の情報を導き出すことはできます。今後もコロナとの闘いは、しばらく続くことを想定せねばならず、このデータベースは有力な情報源になります。したがって、現時点では中止することはせず、必要不可欠な項目のみに整理し、医療施設の負担を軽減しながら継続するべきでしょう。政府の方針に対しては、各自治体がそれぞれに工夫しているようですが、首長の見識が問われるところであり、どのような解決策を打ち出すのか、しっかり見極めたいと思います。

「不易流行(ふえきりゅうこう)」という言葉があります。本質的なものは大切にしながら、新しいものを取り入れながら改善する姿勢を示すことばで、芭蕉が俳句を革新する際に大切にしたそうです。芭蕉の俳句道心得とはレベルが違う話ではありますが、今回の「全数把握」を巡る議論も、「不易流行」的に解決してほしいと思う次第です。

山王メディカルセンター院長 リウマチ・痛風・膠原病センター長
山中 寿

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