新・リウマチ歳時記 Vol.27(2021.10.1)

2021年10月01日 新・リウマチ歳時記

人とウイルスの闘い

このところ急に秋めいてきて、1年の中で最も過ごしやすい季節が到来しました。「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、実にその通りです。ただし、近頃は地球温暖化の影響か夏の期間が長くなり、春と秋が短くなっているようです。快適な季節が短くなるのは残念ですが、そのぶん、短い秋を「濃密に」楽しみたいものです。

コロナ禍の第5波はようやく下火になったようです。発表される新規感染者数以外にも、無症状の潜在感染者が相当数いるとは思われますが、当院の発熱外来受診者数も減っています。ワクチン接種率が上がったことや、ほとんどの人がマスクや手洗いなどの基本的な感染防御を徹底して、自粛を続けていることが大きな要因だと思いますが、それにしても、この急激な減少には、何か別の理由もあるようにも思います。

生物の遺伝情報は、細胞の核の中にあるDNAに書き込まれています。つまりDNAは生きるために必要な物質を作り出す設計図で、約30億の塩基対からなっています。実はその塩基対の8%はウイルス由来である事がわかっています。つまり大昔に感染したウイルスが我々のDNAの中に潜んでいるのです。そのウイルス断片は、ウイルス感染の化石のようなものであり、今後に何か悪さをするという事はありませんが、ヒトが気の遠くなるような長い時間のなかで、無数の種類のウイルスと闘い、ある時は排除し、ある時は共存しながら、進化してきたことを示します。

歴史を紐解くと、世界で最初の麻疹(はしか)の流行は、紀元前3000年にイラン高原のシュメールでしたが、それがインド、中国を経て日本に伝わったのは平安時代のことで、伝搬には実に4000年もかかっています(谷口清州先生の文献より)。麻疹は空気感染する感染力が極めて強いウイルスですが、人の交流がなければ、こんなにゆっくりとしか広がらなかったのです。今回のコロナウイルス流行は、高度に発達した文明社会に生じたことでパンデミックを起こし、悲劇をもたらしました。現代社会ではウイルスに感染した人が1日のうちに海外まで行けますし、消費社会の中では人々の人流を抑制できませんから、本当にあっという間に広がってしまいました。今後も、我々が免疫を持たない全く新しいウイルス感染症がいきなり起こってくることは確実であり、今回のコロナ禍のような流行は、今後も間違いなく繰り返されます。人類が今まで歩んできたように、ウイルスとの闘いは避けられませんので、どうすれば被害を最小限に食い止められるか、いかにして共存できるかを考えねばなりません。

医療体制に関していえば、新しい事態に対応する「余裕」がなかったことに尽きます。コロナ感染が生じて癌や心筋梗塞が減ったわけではないから手が回らない、とよく言われますが、コロナ以前から、経済性を最重視して「無駄」を排除し、「効率化」を図ってきたことのつけが回ってきたのだと思います。「効率的であること=優れている」、「無駄=悪いこと」と評価する「仕分け」のような考えが、「無駄」を排除し、結果的に「余裕」がなくなりました。「効率化」は、平時には有効な戦略ですが、有事には最大の障壁になります。「余裕」は、平時には「無駄」かもしれませんが、有事には最大の武器になります。これは、医療に限らず、日本社会のどの集団にも該当します。

「日本という国家が現在の時点で提供できるモデルはおそらく「効率」ぐらいである。(中略)しかし効率性は方向性が明確なときに有効な力である。ひとたび方向性が消失すれば、それは瞬時に無力化する。(村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」)

今回のコロナ禍で、人類は、とても多くのことを学習しました。学習成果が、よりよい社会の構築につながることを望んでやみません。

山王メディカルセンター院長 リウマチ・痛風・膠原病センター長
山中 寿

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