医療における「自助、共助、公助」
暑い夏でしたが、急に涼しくなり、上着が必要な季節になりました。「季節が動いた」という擬人的な表現がしっくりする感じです。菅首相が第99代総理大臣になられ、季節と共に日本の政治にも動きが出てくる気配です。安倍政権で実質的なナンバー2として政治を動かしてこられた方が、ナンバー1になられて、どのような活躍をされるのか、期待したいと思います。
菅義偉首相がよく使われる言葉に、「自助、共助、公助」があります。もともとは地震や台風のような災害を受けた時の活動や、防災を意識して使われていた言葉のようですが、医師である私は、人体に対する災害である「病気」についても十分に当てはまる概念だなあ、と思って聞いていました。
病気に対する「自助」は、何といっても本人の健康管理でしょう。規則正しい生活をして、過食過飲を避け、適度の運動をして、タバコを吸わない。これが実行できれば防止できるのに、これらをおろそかにすることにより生じる病気はたくさんあります。生活習慣病と言われる一連の病気が代表格で、いくら「共助」「公助」があっても、本人が健康管理をしなければ、何ともなりません。健康管理の上で、人間ドックなどの検診を定期的に受けることも「自助」のひとつとして大切です。
病気に対する「共助」は、まず家族の支えや介護でしょうか。病院に通院する時に付き添うことや、生活が不自由になった時の介護は「共助」そのものですし、「飲みすぎないように」とか「いい加減にタバコを止めたら」などの奥様のきついお叱りも、立派な「共助」だと思います。また、会社や地域で毎年人間ドックや検診を受けさせてくれるようなシステムも「共助」のひとつですね。
病気に対する「公助」は、病院をはじめとする医療機関が提供する医療サービスでしょう。日本には世界に冠たる国民皆保険制度があり、誰もが等しく良質の医療を受けるシステムがあります。「自助」や「共助」では手に負えない病気は、このシステムに乗ってしっかり治療することが大切です。
ポイントは、「自助、共助、公助」の3つがそろって初めてうまくいく、という点です。例えば、糖尿病の患者さんが、「病院にかかれば治療を受けられるのだから、自分の健康管理は必要ない」と思っていたとすると、それは大間違いです。また、癌が発見された患者さんが、「自力で治すから、病院には行かない」というのも間違いですよね。私は、「自助、共助、公助」の中で、見逃されがちな「共助」が、特にこれからの世の中で強調されるべきだと思います。他人の困難を理解し、助け合う精神、多くの宗教でも扱われる「利他主義」と言ってもいいかもしれません。現在はコロナ禍により、人と人の物理的な接触が遠ざけられてしまい、結果的に他人を思いやる気持ちが薄れてきているようです。このような時代であるからこそ、「共助」の大切さを、いろんな場面で考えることも大切ではないか、と思った次第です。
この「自助、共助、公助」の考え方は、医療だけでなく、いろいろな場面で現在の社会における複雑さを整理し、再認識する良い方法ではないかと思います。「自助、共助、公助の考えは、政治の責任放棄だ」と言った政治家がいますが、世の中のすべてを政治家が動かしているかのような勘違いは困ります。自助、共助、公助をきちんと区別したうえで公助に集中していただくのが政治家の見識でしょう。
なお、ご存知と思いますが、このエッセイは、毎月初に山王メディカルセンターのホームページに掲載しております。
2011年からの9年間、毎月書き続けたエッセイは、2019年1月に「リウマチ歳時記」と題する単行本にまとめて発刊しました(幻冬舎、1320円)が、先月、9月18日に文庫改訂版の「リウマチ歳時記」を発行しました(幻冬舎、600円)。単行本発売後に書いたエッセイも追加で収載しています。Amazonや各種の通販でも購入できますので、手に取ってお読みいただければ幸甚です。
山王メディカルセンター院長 リウマチ・痛風・膠原病センター長
山中 寿